悲しいしあわせ【カレーソーセージをめぐるレーナの物語】
さて水曜日は本の話。
これは私の記憶の中の、本の話です。
昨日読んだ本でさえ、思い出して語ろうとすると筋はごちゃごちゃ、
他の本と混じったり、存在しないエピソードが紛れ込んだり、
まったく正確ではないことが多いのですけれど、
この日記ではあえて、読み直して確認したりせずに、
間違っているかもしれないことを書きます。勝手な本の話です。
週末、大阪に帰り、懐かしい人たちに会って月曜に帰るつもりが、台風で帰れなくてもう一泊することになりました。
たくさんの川が氾濫し、山がくずれ、人々が酷い目にあっているその日、どうしても連休明けまでに移動しなくてはならない人たちでごった返す駅をすぐに離れて外に出たら、大阪では、すっかり雨も風もやんでいて、長靴をスニーカーにはきかえてぶらぶら散歩することさえできました。
翌日は台風一過の秋晴れ。思いもかけなかった爽やかな一日が、ぽっかりと目の前にあるのでした。しなくちゃいけないことが何一つないいちにち。何をしていても心地よい、夏の欠片すらみあたらない、まるごと新しい秋のいちにち。まるで何かの贈り物のようでしあわせで、けれどもそれは、あの恐ろしい台風によって、もたらされたいちにちなのだと思えば、恐ろしい気もするのでした。
大阪から戻った翌朝、9時半にインターホンが鳴って、出ると、スチロール箱に入った秋刀魚のお届けなのでした。昨年は、10月末の贈り物だったっけ。いわきの、Fさん。今年も、「北海道沖で獲れたものですし、放射能検査をしてありますから、心配はいらないと思います」とのご連絡。
あの原発が恐ろしいことになってから、わたしには、福島の方々とのつながりがいくつかできました。もう、3年近いお付き合いになりました。知る人がひとりもなかった福島という地に暮らす彼女たちと知り合えたことは、それだけをとってみたら、しあわせです。わたしは、いつだって「世界」を知りたいと思ってきました。誰かに手を伸ばしたいと思ってきました。福島には「世界」がある、と、あれからずっとわたしは思っているし、その地をただ、ぼんやりとではなく、Fさんや、Pさんが、Hさんが暮らしていると知って思うことができることは、わたしの望みがひとつ、かなったと言っていいのです。彼女たちは、わたしが手を伸ばすことを、赦してくれました。けれども、このしあわせは、この恐ろしい現実のために得られたもの。この恐ろしい現実は、人が生み出したものだということを考えるとき、わたしという存在は、彼女たちにとってまったく、忌むべきものであるはずだ、そうでなければならないはずだとも思うのです。
『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』。
豊かな香りと味覚、恋の歓びに満ちたこの本を思い出したのは、そんなときのこと。
わたしはこの物語をまずは小説で読み、それから俳優・阿部一徳さんの語りで何度も体験して、自分自身の大切な記憶、誰にも明かさないひそやかでいとしい思い出の一部くらいに愛してやまないのです。けれど、この豊穣に香る物語、いちどかいだら忘れられない魔法の香りただようお話を彩る魅惑のスパイスは全て、細部に至るまで、人が生み出したもっとも忌むべきもの、戦争によってもたらされた。戦争という場がなければ決して生まれなかった恋。決して生まれなかった香り。その悲しいしあわせはそれでも、どうしても、しあわせの色をしている。どれほど悲しみが濃くても、それでも消えないしあわせの色をしている。
人は、出会う。出会ったあとで、出会わなかった時のことをあれこれ想像してもせんない話。けれどわたしはどうしても、福島のFさんにとって、Pさん、Hさんにとって、わたしなんかに出会わないですむ人生であったならば、どんなにかしあわせだったろうと考えてしまう。どれほど北海道沖の秋刀魚がおいしくても、どれほどおすそ分けをしてまわったご近所さんたちに喜んでもらえても、わたしは、Fさんがそんなものを送らずにすむ世界であったならばどれほど良かっただろうと思ってしまうのです。それでも、わたしは、いわきの地にFさんが暮らしていると知っていることを、彼女がそこからわたしを思ってくれることを、しあわせだ、と、たしかに思ってしまっているのです。
これは私の記憶の中の、本の話です。
昨日読んだ本でさえ、思い出して語ろうとすると筋はごちゃごちゃ、
他の本と混じったり、存在しないエピソードが紛れ込んだり、
まったく正確ではないことが多いのですけれど、
この日記ではあえて、読み直して確認したりせずに、
間違っているかもしれないことを書きます。勝手な本の話です。
週末、大阪に帰り、懐かしい人たちに会って月曜に帰るつもりが、台風で帰れなくてもう一泊することになりました。
たくさんの川が氾濫し、山がくずれ、人々が酷い目にあっているその日、どうしても連休明けまでに移動しなくてはならない人たちでごった返す駅をすぐに離れて外に出たら、大阪では、すっかり雨も風もやんでいて、長靴をスニーカーにはきかえてぶらぶら散歩することさえできました。
翌日は台風一過の秋晴れ。思いもかけなかった爽やかな一日が、ぽっかりと目の前にあるのでした。しなくちゃいけないことが何一つないいちにち。何をしていても心地よい、夏の欠片すらみあたらない、まるごと新しい秋のいちにち。まるで何かの贈り物のようでしあわせで、けれどもそれは、あの恐ろしい台風によって、もたらされたいちにちなのだと思えば、恐ろしい気もするのでした。
大阪から戻った翌朝、9時半にインターホンが鳴って、出ると、スチロール箱に入った秋刀魚のお届けなのでした。昨年は、10月末の贈り物だったっけ。いわきの、Fさん。今年も、「北海道沖で獲れたものですし、放射能検査をしてありますから、心配はいらないと思います」とのご連絡。
あの原発が恐ろしいことになってから、わたしには、福島の方々とのつながりがいくつかできました。もう、3年近いお付き合いになりました。知る人がひとりもなかった福島という地に暮らす彼女たちと知り合えたことは、それだけをとってみたら、しあわせです。わたしは、いつだって「世界」を知りたいと思ってきました。誰かに手を伸ばしたいと思ってきました。福島には「世界」がある、と、あれからずっとわたしは思っているし、その地をただ、ぼんやりとではなく、Fさんや、Pさんが、Hさんが暮らしていると知って思うことができることは、わたしの望みがひとつ、かなったと言っていいのです。彼女たちは、わたしが手を伸ばすことを、赦してくれました。けれども、このしあわせは、この恐ろしい現実のために得られたもの。この恐ろしい現実は、人が生み出したものだということを考えるとき、わたしという存在は、彼女たちにとってまったく、忌むべきものであるはずだ、そうでなければならないはずだとも思うのです。
『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』。
豊かな香りと味覚、恋の歓びに満ちたこの本を思い出したのは、そんなときのこと。
わたしはこの物語をまずは小説で読み、それから俳優・阿部一徳さんの語りで何度も体験して、自分自身の大切な記憶、誰にも明かさないひそやかでいとしい思い出の一部くらいに愛してやまないのです。けれど、この豊穣に香る物語、いちどかいだら忘れられない魔法の香りただようお話を彩る魅惑のスパイスは全て、細部に至るまで、人が生み出したもっとも忌むべきもの、戦争によってもたらされた。戦争という場がなければ決して生まれなかった恋。決して生まれなかった香り。その悲しいしあわせはそれでも、どうしても、しあわせの色をしている。どれほど悲しみが濃くても、それでも消えないしあわせの色をしている。
人は、出会う。出会ったあとで、出会わなかった時のことをあれこれ想像してもせんない話。けれどわたしはどうしても、福島のFさんにとって、Pさん、Hさんにとって、わたしなんかに出会わないですむ人生であったならば、どんなにかしあわせだったろうと考えてしまう。どれほど北海道沖の秋刀魚がおいしくても、どれほどおすそ分けをしてまわったご近所さんたちに喜んでもらえても、わたしは、Fさんがそんなものを送らずにすむ世界であったならばどれほど良かっただろうと思ってしまうのです。それでも、わたしは、いわきの地にFさんが暮らしていると知っていることを、彼女がそこからわたしを思ってくれることを、しあわせだ、と、たしかに思ってしまっているのです。
by atohchie
| 2013-09-18 23:12
| 水曜日は本の話
阿藤智恵の「気分は缶詰」日記/劇作家・演出家・翻訳家(執筆中は自主的に「缶詰」になります)=阿藤智恵の日記です。
by atohchie
S | M | T | W | T | F | S |
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
31 |
タグ
ほらふき道場(104)日曜菜園(19)
「えんげき」のじゆうじかん(11)
植物のお勉強(11)
読む会(5)
本のひろば(1)
カテゴリ
ごはん/おちゃ/おかしはな/みどり/そら
きもち/ココロ/げんき
ひと/たび/であい
みる/きく
ごちゃごちゃ亭(お客さま)
水曜日は本の話
お題をいただきました
缶詰製作中(書斎より)
缶詰開缶中(稽古場より)
缶詰実験室(お芝居への道)
缶詰召し上がれ(ご案内)
缶詰メモ
缶詰用語の解説
阿藤智恵NEWS
●脱原発世界会議に賛同します。安心できる明日を子どもたちに。
●阿藤智恵サイトを更新しました更新日:2013年12月31日(火)
◆これからの阿藤智恵◆
1月19日
「第3回JAZZ&お話ライブ」
1月23日
「どこそら会」
3月8・9日
「『えんげき』のじゆうじかん」の
小さなお芝居の会と「ちえよむ会」
●戯曲集『十六夜の月』を出版しました。
ご購入は阿藤智恵への直接注文または書店にてご注文ください。また、ネット書店でも購入できます。
●受賞しました。
加藤健一事務所vol.83 「シュぺリオール・ドーナツ」
念願の翻訳デビュー、果たしました!
→本作品で、第5回小田島雄志・翻訳戯曲賞をいただきました。加藤健一さん、演出の大杉祐さんはじめ公演座組の皆さん、また、翻訳作業にお力添えを下さった多くの方々に、心から感謝します。
●戯曲『死んだ女』が雑誌【テアトロ】2013年1月号に掲載されました。
★『どこまでも続く空のむこうに』の劇評をいただきました!!大変な力作です。ぜひご一読ください。2012.4.19
こちらをクリック=
劇評サイトWonderland
●戯曲『どこまでも続く空のむこうに』が雑誌【テアトロ】2012年4月号に掲載されました。
●小説『マチゾウ』で同人誌【突き抜け4】に参加しました。
ご購入はこちらへ(「阿藤サイトから」と一言お書き添えくださいませ)。
★『曼珠沙華』の劇評をいただきました!!
ぜひご一読ください。2011.10.26
こちらをクリック=
劇評サイトWonderland
●公演終了しました。
Pカンパニー番外公演その弐「岸田國士的なるものをめぐって~3人の作家による新作短編集~」竹本譲さん、石原燃さんと、短編を1本ずつ書きました。私の作品タイトルは『曼珠沙華』です。
★雑誌『テアトロ』10月号に三本そろって掲載されています。
●連載エッセイ「本日も行ったり来たり~トハナニカ日記~」
雑誌【テアトロ】2012年1月号に最終回が掲載されています。
●日記のお題、ください!
阿藤への質問、お悩み相談、どのようなことでもどうぞ。心こめて書かせていただきます。
お題は阿藤へのメール、または、日記へのコメント(どの記事につけてくださってもOKです)でどうぞ。
●戯曲『十六夜の月』が雑誌【テアトロ】2011年7月号に掲載されました。
●小説『ツヅキ2011』で同人誌【突き抜け3】に参加しました。
ご購入はこちらのフォームへ(「阿藤のブログから」と一言お書き添えくださいませ)。
●戯曲『バス停のカモメ』が雑誌【テアトロ】2010年1月号に掲載されました。
●戯曲『しあわせな男』が雑誌【テアトロ】2008年10月号に掲載されました。
●石井ゆかりさんの
「石井NP日記」で
インタビューを受けました。
こちらの
「ロードムービー・その1」で5番目にインタビューされています。
●阿藤智恵サイトを更新しました更新日:2013年12月31日(火)
◆これからの阿藤智恵◆
1月19日
「第3回JAZZ&お話ライブ」
1月23日
「どこそら会」
3月8・9日
「『えんげき』のじゆうじかん」の
小さなお芝居の会と「ちえよむ会」
●戯曲集『十六夜の月』を出版しました。
ご購入は阿藤智恵への直接注文または書店にてご注文ください。また、ネット書店でも購入できます。
●受賞しました。
念願の翻訳デビュー、果たしました!
→本作品で、第5回小田島雄志・翻訳戯曲賞をいただきました。加藤健一さん、演出の大杉祐さんはじめ公演座組の皆さん、また、翻訳作業にお力添えを下さった多くの方々に、心から感謝します。
●戯曲『死んだ女』が雑誌【テアトロ】2013年1月号に掲載されました。
★『どこまでも続く空のむこうに』の劇評をいただきました!!大変な力作です。ぜひご一読ください。2012.4.19
こちらをクリック=
劇評サイトWonderland
●戯曲『どこまでも続く空のむこうに』が雑誌【テアトロ】2012年4月号に掲載されました。
●小説『マチゾウ』で同人誌【突き抜け4】に参加しました。
ご購入はこちらへ(「阿藤サイトから」と一言お書き添えくださいませ)。
★『曼珠沙華』の劇評をいただきました!!
ぜひご一読ください。2011.10.26
こちらをクリック=
劇評サイトWonderland
●公演終了しました。
Pカンパニー番外公演その弐「岸田國士的なるものをめぐって~3人の作家による新作短編集~」竹本譲さん、石原燃さんと、短編を1本ずつ書きました。私の作品タイトルは『曼珠沙華』です。
★雑誌『テアトロ』10月号に三本そろって掲載されています。
●連載エッセイ「本日も行ったり来たり~トハナニカ日記~」
雑誌【テアトロ】2012年1月号に最終回が掲載されています。
●日記のお題、ください!
阿藤への質問、お悩み相談、どのようなことでもどうぞ。心こめて書かせていただきます。
お題は阿藤へのメール、または、日記へのコメント(どの記事につけてくださってもOKです)でどうぞ。
●戯曲『十六夜の月』が雑誌【テアトロ】2011年7月号に掲載されました。
●小説『ツヅキ2011』で同人誌【突き抜け3】に参加しました。
ご購入はこちらのフォームへ(「阿藤のブログから」と一言お書き添えくださいませ)。
●戯曲『バス停のカモメ』が雑誌【テアトロ】2010年1月号に掲載されました。
●戯曲『しあわせな男』が雑誌【テアトロ】2008年10月号に掲載されました。
●石井ゆかりさんの
「石井NP日記」で
インタビューを受けました。
こちらの
「ロードムービー・その1」で5番目にインタビューされています。
以前の記事
2014年 01月2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
more...
ライフログ
フォロー中のブログ
一寸の虫にも五分の魂K+Y アトリエ 自然素...
文学座大好き
イノレコモンズのふた。
ばーさんがじーさんに作る食卓
クロアキのつぶやき
村人生活@ スペイン
Faunas & Flo...
Jam's Blog
Lily's BLOG
neige+ 手作りのあ...
世に倦む日日
身近な自然を撮る
今日のマイルス Blog
キョウハ、ナニシヨウカシラ?
にわとり文庫
百一姓blog
喫茶ぽてんひっと
Junichi Taka...
おひとりさまの食卓plus
sousouka
オーガニックカフェたまりばーる
ひとり芝居、語り、ダンス...
縄文人(見習い)の糸魚川発!
野田村通信ブログ(旧)
菅野牧園
team nakagawa
olive-leafs ...
東日本復興支援 ヒューマ...