架空・お悩み相談室57『忘れ物が激しくて悩んでいます』
【お悩み】
忘れ物が激しくて悩んでいます。出かけるたびに「あ!!忘れた!!!」と言っては引き返す事が日課になっています。階段降りてから気づいて5階まで戻らなくちゃいけないとか(エレベーター無いんです)車で目的地に着いたのに戻らなくちゃいけないとか。子どもの時からだからどうしようも無いのでしょうか?(東京都/demikoさんのお悩み)
【お答え】
今では中国の一部になっている、ある山間の秘境に、五千年程も昔のことでしょうか、高貴な村がありました。小さな村でしたが、時折、険しい山を越えて人が命がけの旅をして訪ねてくるのは、この村には、人をこの上なく高貴にしてくれる、不思議な薬があるとの噂が絶えないからなのでした。
旅人は、村にやってきて、まず出会った人に尋ねます。
「この村に伝わるという、秘薬を求めて参りました」
村人は、それがじいさまであれ、娘っ子であれ犬っころであれ、例外なく答えます。
「秘薬なんてたいそうなもんはございませんが、遠いところはるばるようお越し下さいました、どうぞ我が家へご逗留ください」
旅人は、はあ、そうか、いきなり尋ねて秘薬をもらえると考えたのはわしもいささか考えが甘かった、家に置いてもらえるとはありがたい、ここまで長い時間をかけてきたのだ、急がずじっくりと、秘薬のありかを探ろう、とひとりごち、村人の粗末な家に、寝起きすることになりました。
旅人は温かな床と、たっぷりの食べ物を与えられ、旅の疲れが出たのか何日も寝込んでしまいます。それほど豊かな村でもなさそうなのに、村人は、たまたま家に逗留することになった旅人を迷惑がる様子もなく、なにくれとなく細かな面倒を見てくれます。むしろ旅人の世話をするのを喜んでいるようで、村のあちこちから旅人に見舞いの品が届き、ときには旅人の調子のよい時になど、話を聞きに来るものもあります。
ある日、とうとう村のおさが旅人に会いに来ることになりました。旅人はしばらく忘れていた旅の目的を思い出し、おさならば必ずや秘薬のありかを知っているはず、きっと聞き出して見せようとはやる心でおさの訪問を待ちました。
「やあやあ、はるばるようお越しくださった、居心地はいかがでしょうかな?」
にこやかな村おさの姿は、村人たちと変わらぬ質素な着物をまとっただけですのにそれはそれは高貴に輝いて見え、旅人はこの人こそ、秘薬の持ち主に違いないといよいよ思いを強くするのです。
そこで……
話が長~くなってまいりました。
そろそろ、「私のお悩みは?」とお思いでしょうか。
現代日本では、このくらいが限界でしょうから、ぐっとかいつまんで、村おさの語った「高貴のひみつ」をお教えします。
古来、この村では「近道を行くは心貧しきわざ 回り道こそ高貴なれ」という言い伝えがありました。人の一生は、大きな回り道でございます。最短距離を行くが正解であるならば、なぜに長い、ままならぬ人生などわざわざ歩むものがございましょう。大きな宇宙という円のなかで、大きな円を描く星に生まれたのであるからには、大きな円をたどって死へとむかうことが、人のしあわせでございます。人は、回り道をするのがよろしい。もしもあなたが行きたい場所へ、一本道しかないならば、そこを少なくとも三遍往復してのちに行くがよいと、私どもの村では教えられております。三遍とはいかにもまだるっこしいこと、あっはっは、そうでございましょう。すっと行けばすむものを、わざわざ行ったり来たりすることは、これがどうしてなかなかできるものではございません、かく言う私も、あなたさまにはようお目にかかりたくて心がはやってかなわず、二遍の行ったり来たりだけでここへ参ってしまいました。いやはやお恥ずかしいかぎり。
子どものころから目的地へすーっといけないあなたは、おそらくは天賦の才を与えられた高貴の質。ただし今はまだ、一回の往復で済んでいるようなのがまだまだ修行が足りないようですね。一度ですむことを二度やるあなたは、それを三度、四度と増やして高貴への道を歩むのがよろしいかと存じます。
忘れ物が激しくて悩んでいます。出かけるたびに「あ!!忘れた!!!」と言っては引き返す事が日課になっています。階段降りてから気づいて5階まで戻らなくちゃいけないとか(エレベーター無いんです)車で目的地に着いたのに戻らなくちゃいけないとか。子どもの時からだからどうしようも無いのでしょうか?(東京都/demikoさんのお悩み)
【お答え】
今では中国の一部になっている、ある山間の秘境に、五千年程も昔のことでしょうか、高貴な村がありました。小さな村でしたが、時折、険しい山を越えて人が命がけの旅をして訪ねてくるのは、この村には、人をこの上なく高貴にしてくれる、不思議な薬があるとの噂が絶えないからなのでした。
旅人は、村にやってきて、まず出会った人に尋ねます。
「この村に伝わるという、秘薬を求めて参りました」
村人は、それがじいさまであれ、娘っ子であれ犬っころであれ、例外なく答えます。
「秘薬なんてたいそうなもんはございませんが、遠いところはるばるようお越し下さいました、どうぞ我が家へご逗留ください」
旅人は、はあ、そうか、いきなり尋ねて秘薬をもらえると考えたのはわしもいささか考えが甘かった、家に置いてもらえるとはありがたい、ここまで長い時間をかけてきたのだ、急がずじっくりと、秘薬のありかを探ろう、とひとりごち、村人の粗末な家に、寝起きすることになりました。
旅人は温かな床と、たっぷりの食べ物を与えられ、旅の疲れが出たのか何日も寝込んでしまいます。それほど豊かな村でもなさそうなのに、村人は、たまたま家に逗留することになった旅人を迷惑がる様子もなく、なにくれとなく細かな面倒を見てくれます。むしろ旅人の世話をするのを喜んでいるようで、村のあちこちから旅人に見舞いの品が届き、ときには旅人の調子のよい時になど、話を聞きに来るものもあります。
ある日、とうとう村のおさが旅人に会いに来ることになりました。旅人はしばらく忘れていた旅の目的を思い出し、おさならば必ずや秘薬のありかを知っているはず、きっと聞き出して見せようとはやる心でおさの訪問を待ちました。
「やあやあ、はるばるようお越しくださった、居心地はいかがでしょうかな?」
にこやかな村おさの姿は、村人たちと変わらぬ質素な着物をまとっただけですのにそれはそれは高貴に輝いて見え、旅人はこの人こそ、秘薬の持ち主に違いないといよいよ思いを強くするのです。
そこで……
話が長~くなってまいりました。
そろそろ、「私のお悩みは?」とお思いでしょうか。
現代日本では、このくらいが限界でしょうから、ぐっとかいつまんで、村おさの語った「高貴のひみつ」をお教えします。
古来、この村では「近道を行くは心貧しきわざ 回り道こそ高貴なれ」という言い伝えがありました。人の一生は、大きな回り道でございます。最短距離を行くが正解であるならば、なぜに長い、ままならぬ人生などわざわざ歩むものがございましょう。大きな宇宙という円のなかで、大きな円を描く星に生まれたのであるからには、大きな円をたどって死へとむかうことが、人のしあわせでございます。人は、回り道をするのがよろしい。もしもあなたが行きたい場所へ、一本道しかないならば、そこを少なくとも三遍往復してのちに行くがよいと、私どもの村では教えられております。三遍とはいかにもまだるっこしいこと、あっはっは、そうでございましょう。すっと行けばすむものを、わざわざ行ったり来たりすることは、これがどうしてなかなかできるものではございません、かく言う私も、あなたさまにはようお目にかかりたくて心がはやってかなわず、二遍の行ったり来たりだけでここへ参ってしまいました。いやはやお恥ずかしいかぎり。
子どものころから目的地へすーっといけないあなたは、おそらくは天賦の才を与えられた高貴の質。ただし今はまだ、一回の往復で済んでいるようなのがまだまだ修行が足りないようですね。一度ですむことを二度やるあなたは、それを三度、四度と増やして高貴への道を歩むのがよろしいかと存じます。
by atohchie
| 2003-04-01 00:41
| 缶詰実験室(お芝居への道)
阿藤智恵の「気分は缶詰」日記/劇作家・演出家・翻訳家(執筆中は自主的に「缶詰」になります)=阿藤智恵の日記です。
by atohchie
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阿藤智恵NEWS
●脱原発世界会議に賛同します。安心できる明日を子どもたちに。
●阿藤智恵サイトを更新しました更新日:2013年12月31日(火)
◆これからの阿藤智恵◆
1月19日
「第3回JAZZ&お話ライブ」
1月23日
「どこそら会」
3月8・9日
「『えんげき』のじゆうじかん」の
小さなお芝居の会と「ちえよむ会」
●戯曲集『十六夜の月』を出版しました。
ご購入は阿藤智恵への直接注文または書店にてご注文ください。また、ネット書店でも購入できます。
●受賞しました。
加藤健一事務所vol.83 「シュぺリオール・ドーナツ」
念願の翻訳デビュー、果たしました!
→本作品で、第5回小田島雄志・翻訳戯曲賞をいただきました。加藤健一さん、演出の大杉祐さんはじめ公演座組の皆さん、また、翻訳作業にお力添えを下さった多くの方々に、心から感謝します。
●戯曲『死んだ女』が雑誌【テアトロ】2013年1月号に掲載されました。
★『どこまでも続く空のむこうに』の劇評をいただきました!!大変な力作です。ぜひご一読ください。2012.4.19
こちらをクリック=
劇評サイトWonderland
●戯曲『どこまでも続く空のむこうに』が雑誌【テアトロ】2012年4月号に掲載されました。
●小説『マチゾウ』で同人誌【突き抜け4】に参加しました。
ご購入はこちらへ(「阿藤サイトから」と一言お書き添えくださいませ)。
★『曼珠沙華』の劇評をいただきました!!
ぜひご一読ください。2011.10.26
こちらをクリック=
劇評サイトWonderland
●公演終了しました。
Pカンパニー番外公演その弐「岸田國士的なるものをめぐって~3人の作家による新作短編集~」竹本譲さん、石原燃さんと、短編を1本ずつ書きました。私の作品タイトルは『曼珠沙華』です。
★雑誌『テアトロ』10月号に三本そろって掲載されています。
●連載エッセイ「本日も行ったり来たり~トハナニカ日記~」
雑誌【テアトロ】2012年1月号に最終回が掲載されています。
●日記のお題、ください!
阿藤への質問、お悩み相談、どのようなことでもどうぞ。心こめて書かせていただきます。
お題は阿藤へのメール、または、日記へのコメント(どの記事につけてくださってもOKです)でどうぞ。
●戯曲『十六夜の月』が雑誌【テアトロ】2011年7月号に掲載されました。
●小説『ツヅキ2011』で同人誌【突き抜け3】に参加しました。
ご購入はこちらのフォームへ(「阿藤のブログから」と一言お書き添えくださいませ)。
●戯曲『バス停のカモメ』が雑誌【テアトロ】2010年1月号に掲載されました。
●戯曲『しあわせな男』が雑誌【テアトロ】2008年10月号に掲載されました。
●石井ゆかりさんの
「石井NP日記」で
インタビューを受けました。
こちらの
「ロードムービー・その1」で5番目にインタビューされています。
●阿藤智恵サイトを更新しました更新日:2013年12月31日(火)
◆これからの阿藤智恵◆
1月19日
「第3回JAZZ&お話ライブ」
1月23日
「どこそら会」
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小さなお芝居の会と「ちえよむ会」
●戯曲集『十六夜の月』を出版しました。
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→本作品で、第5回小田島雄志・翻訳戯曲賞をいただきました。加藤健一さん、演出の大杉祐さんはじめ公演座組の皆さん、また、翻訳作業にお力添えを下さった多くの方々に、心から感謝します。
●戯曲『死んだ女』が雑誌【テアトロ】2013年1月号に掲載されました。
★『どこまでも続く空のむこうに』の劇評をいただきました!!大変な力作です。ぜひご一読ください。2012.4.19
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●連載エッセイ「本日も行ったり来たり~トハナニカ日記~」
雑誌【テアトロ】2012年1月号に最終回が掲載されています。
●日記のお題、ください!
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