本の私有革命について(その5)

2013年11月4日。
記念すべき、わたしが、さまざまの葛藤を乗り越え、とうとう本を私有化した日、
すなわち、手持ちの本に、線を引いた日です。

記念すべき箇所を、ここに引用しようと思って開いてみたが、
残念なことに実にマニアックすぎて、さっぱり意味がわからない語句であった。
そういうわけで、初めて線を引いた箇所ではありませんが、
同じ本の中から、独立して意味をなしそうな箇所を、記念としてここに。

もちろん≪歴史的条件≫というものを暗黒な力(背景)として考えることは
許されない。(またそうしたものとして構成することも許されない。)それは
むしろ、人間によってつくられ、たもたれる(そして人間によって変え
られる)
ものである。つまり、今まさにそこで行なわれつつある
ことから成り立っているのだ。

  『今日の世界は演劇によって再現できるか ―ブレヒト演劇論集―』 
                                        千田是也訳編  白水社





高校1年生の、夏休み前のある日、決意して演劇部に入ってから
わたしは来年で30年になるのです。
なぜ、入学と同時に入部しなかったのかはわかりません。
なにがしかの躊躇がありました。
なぜ、その日に決意できたのかもわかりません。
この30年、いつも演劇に対しては、二の足を踏むところがあって
迷いながらやってきました。
大学を卒業しても、まだ演劇にしがみついているわたしに
母は「本当に演劇をやるつもりでいるなら、今からでも
大学に入り直してちゃんと勉強したらどうなの」と言いました。
わたしは、演劇というものが、大学で勉強するようなことだとは
ちっとも思えなかったので、その忠告にまったく耳を貸さなかった。
でも演劇については、ずっとすごく考えてきました、ほぼ、一人で。
それがここへきて、突如、勉強の機運が盛り上がってきたらしいのですね。
母の忠告から、ほぼ20年が過ぎた今になって。

このブレヒトの本は、なんだかんだとわたしがわたしの「えんげき」についての
考えをあちこちで触れまわっているうちに、なんだかもしかしたら、
ブレヒトを勉強したらいいのではないかというようなことを二、三、
小耳にはさみまして、借りてきた本だったのです、最初は。
難しいかなあと思って恐る恐る開きますと、ええ、確かに難しい、ややこしい
何を言っているのかわからない、ですが、読めるのだ。
驚くほどに、読めるのであります。
まずそこでわたしは驚いた。
なんだかようわからんが、おぼろげながら、どうやら、いやはや
わかるようなのである。
もしかしたら似たことを考えていたかも!と恐る恐る思っちゃたりするのである!
そうして次に驚いたことに、
何日もかかって、この本と格闘していたある時、ふと自分の本棚を見渡すと
な、な、なんと、同じ本が、あるではないか。
本読みにかけては、ちょっと右に出る人はなかなかいなさそうな友人、
乱読大魔王ことLさんのご母堂、Pさんの遺品の中から、
演劇関係の本を、まとめて送っていただいた宝物の中に
同じ本が!とてもきれいな状態で!あったのだ!
驚いた!
持ってたんじゃないか!
借りてきた本と、Pさんの形見のご本を並べて開いて
わたしはその日から、「わたしの」本に線を引こうとしました。
そこからがまた格闘であった。引けないのだった。どうしてもできない。
数日間の格闘の後、ほとんどきれいなままと見えていたこの本に
Pさんの書き込みがあることを、わたしは発見した!
お目にかかったことはないけれど、Lさんを通じて
Pさんとは、20年来のお付き合いです。
亡くなった後も、ずっと近しく感じてきたPさん、言っておくがPさんは
演劇人ではなかった。そのPさんが、なんとこのようにマニアックな
ブレヒトの専門書を、しっかりと私有化なさっていた!
ははー。
頭が下がるとはこのことなり。
ものを書く人とは、このように本を読むのであったかー!
まるでPさんが、わたしのためにこの本を
とっておいてくださったかのような、そんな気さえするのであった。
その日から、さらなる格闘をわたしは始め、しかしまだ、1週間ほどもかかったでしょうか
ある箇所でいきなりペン立てから色鉛筆をとりだし、ぐりぐりと、線を引いたのであった。
引いてみたら、爽やかだった。
こういうことか、と思いました。
本は、モノだけれども、モノではない。
本を、自分のモノにするということは、大変なことでした。
でも、やり遂げた、と思ったね。PさんとLさんのおかげで、そのほかもろもろの出会いと
導きによって、とうとう、わたしは本を私有化したのであった。
勉強が、ここから、始まる。

勉強を始めるにしては、かなり遅いのだけれど、
何も分からないまま実践して、ほとんど何もなしえない30年を過ごして
ここへきて本を読んで、なんにもなっていなかった30年がそれなりに
積みかさなっていたと知ることの、このしあわせは、
わたし一人のものだなあ、と、しみじみ思う、さむくて 長い 冬の夜なのだ。
わたしは一人しかいないし、人生は一度きりしかないから
先に勉強したら良かったか、あとからして良かったのか、確かめようもないことだけど
少なくともわたしとしては、先に飛び込んで、あとから勉強したので良かったな。
「わかる」ってことは時間のかかること、少なくともわたしは
30年が必要だった、ここに来るまでに。
そうして今も、何がわかったかといえば何もわかっていなくて
何もわかっていないということがわかるということが
つまり30年の成果で、そうして今もまだ
わかったような気になってわかっていないことの方がたぶんずっと多くって
そのことがわかるまで、生きていられるような気はしない。
このさきも30年くらい、えんげきができたらいいなあと夢想はしてるけど
それくらいやったって、何もなしえないんだろうということは想像がつく
というか、「何かをなす」ことを目指しているようにも思えないわたしだから
とうぜん、何もなしえないで死ぬでしょう。
それでもこうやって少しずつ少しずつ考えて、勉強して
少しずつ、見えてくることが楽しいと、今ほんとに思えることが
わたし一人の、しあわせなんですよ。
生きるっていうことは、わたし一人の、しあわせなんだと思うのですよ。

そういうわけだから、意味が全く伝わらないとは思うけれど
やっぱりここに、わたしが人生で初めて、ぐりぐりと線を引いた箇所を
書き写しておこう、と思います。本の私有化革命の、記念としてここに。
自分では、わかる気がするんですよ、なぜ、阿藤智恵が他でもないこの箇所で目を覚ましたか。

こうしてかれらの生産は受け負い仕事的性質を帯びてくる。金に換
えることを土台にした価値概念が生まれる。そこから一般に、あらゆる
芸術作品を、もっぱらこの機構に適しているかいなかという観点から
評価する習慣が生まれてくる。かれこれの作品をいいというのは、実は
この機構のためにいいのだ
ということを、頭の中では考えている
のだが、口にはださない。だがこの機構は現在の社会に規定されており、
自分をこの社会に存続させるものしか受けつけようとしない。

   『今日の世界は演劇によって再現できるか ―ブレヒト演劇論集―』 
                                         千田是也訳編  白水社


長い長い、「本の私有革命について」のお話は、これで、おしまい。
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by atohchie | 2013-12-18 23:29 | 水曜日は本の話


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