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消えていく光【かもめ】

と、いうわけで、金曜日ですが、本の話。

これは私の記憶の中の、本の話です。
昨日読んだ本でさえ、思い出して語ろうとすると筋はごちゃごちゃ、
他の本と混じったり、存在しないエピソードが紛れ込んだり、
まったく正確ではないことが多いのですけれど、
この日記ではあえて、読み直して確認したりせずに、
間違っているかもしれないことを書きます。勝手な本の話です。


原点に戻って『三人姉妹』、のあとは当然これです、『かもめ』です。
チェーホフの四大戯曲と呼ばれる作品、執筆順では
『三人姉妹』はあとのほうで、これが1本目。

四本のうち、最初に『三人姉妹』を好きになったのは
単純に、出会った作品だったからというのも大きいけど、
あれはやっぱり、わかりやすい。
先週あれだけわからないと言ったけど、それでもわかりやすい。
わたしが出会ったのはちょうど一幕のイリーナと同じ二十歳のとき。
出会った瞬間から、あの戯曲が(正確に言えば「モスクワへ!」のセリフが)
大好きでした。
そう、成人式の日もジャージ姿で稽古をしていた学生時代。
そんなつまんないことが、なぜだかものすごく誇らしかった
遠い日のわたしでした(いや、そういうところ、変わっていないかも)。

その後、長い間、わたしはチェーホフ、わからない、わからないと
思い続けて、『かもめ』を好きになるのもとても遅かった。



『かもめ』は、チェーホフ自身がとてもたくさん投影されている戯曲で
劇について、小説を書くこと、その書き方について、演じるということについて
劇中で、たくさんのことが語られます。
好きになってから思えば、まったく、わたし好みの作品でした。
そう、わたしは最初から、いつも芝居をつくりながら、
演劇ってなにかってことを考え続けてきました。
そのことに、人から指摘されるまで気づかなかった。
チェーホフも、この作品でたくさん、それをやっています。

『三人姉妹』を、わたしは初めて文化学院で卒業公演の作・演出をした時、
つかいました。『三人姉妹』を上演する学生劇団の話です。
さんざんな舞台になったらしいその公演のあと、
劇中の演出家は、「次は『かもめ』!」と高らかに宣言します。

書いたことを実行しようとしたわけじゃないけど
『バス停のカモメ』をその後に書きました。
これは、チェーホフの『かもめ』に多くのモチーフを借りていますが
『かもめ』の世界を描いたつもりもなく
『かもめ』ってこんな話、と思っていたわけでもなく
それでも、思った以上に、チェーホフの世界、とおっしゃる方が多かった。
わたしとしては、この時の執筆は、それまで頼りにしてきた
劇というもののよくある構造とか、見ていて心地よいリズムとか展開とか
そういうのをまったく考えないで、
自分の中から出てくるまんまに
いわば考えなしに
ずるずる書きあげちゃったらどうなるか
試しにやってみようと思った作品でした。
叩き台のつもりで最後まで書いて、
あれこれ注文がつくだろうと思いながら現場に持って行ったら
誰も、文句を言わなかった。びっくり。
上演後、意外な人に、「阿藤作品ではあれが一番好き」と言われた。びっくり。
(もちろん、ぜんぜん好きじゃない人もいるはずです!)

あれを書いた時、わたしは『かもめ』という作品が
やっぱり、さっぱり、わかっていなかった。

でも、今は、少しわかる。

やりたかったはずのことをやっているのに、
なんでやりたかったのかも、どうやってやればいいのかも、わからなくなって
自分っていったい誰なんだろう?ってことも見失って、
どうにもならない苦しみのときに、
一番悲惨な立場におかれた
一番か弱い人が
一番会いたかった、
一番守ってあげたかった人が
自らを発見し、自らを宣言して旅立っていく。

わたしは、かもめ……いいえ、わたしは、女優。

旅立つ方ではなくて、取り残された方に、お芝居の焦点はあっていて
愛は、どこにも届かない。

『かもめ』は、恐ろしい話だと、今のわたしは、思っています。

こんなにそばにいるのに、手を触れることもできず
その人のために、なにひとつできることはないと思い知らされて
闇の中の光は、彼を照らさずに、永遠に消えた。
彼という光もまた、消えるほかはない。

ところで。
どんなお話でも、わたしは片思いの、不器量な娘というのに感情移入してしまう性質でして、この話の場合は当然、マーシャが好き。ほんとはニーナ(「わたしはかもめ」って言う人)なんかどうでもよくて、終始マーシャが気になります。ことに最終幕のマーシャの切ないこと切ないこと。思い続けた人に死なれて、マーシャもまた、消えてしまうのではないかといつも心配でたまりません。どなたか、マーシャのその後知ってる方は、教えてください。

ついでに。
『かもめ』は、シェイクスピアの『ハムレット』にとてもよく似ていて
というか、いろんなモチーフを借りて書かれているんだと思うんです。
『ハムレット』って、謎の多い芝居なのです。
わたしが『かもめ』をわからなかったのは、
多分に、『ハムレット』がわからなかったせい。

『ハムレット』苦手のわたしは、
シェイクスピアならまずは迷わず『マクベス』が好き、
次に、『リア王』のとりこになりました。
でも、今は、『ハムレット』についてももちろん、いろいろ語れますとも。

勉強するって、楽しいことなんだ。
by atohchie | 2013-10-04 16:35 | 水曜日は本の話


阿藤智恵の「気分は缶詰」日記/劇作家・演出家・翻訳家(執筆中は自主的に「缶詰」になります)=阿藤智恵の日記です。


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