架空・お悩み相談室97『本当に開いた口がふさがらなくなってしまったら』

【お悩み】
最近、ちょっと衝撃的な出来事があって、あいた口がふさがらない!って叫んでしまったのですが、もしかして、そのまま本当に開いた口がふさがらなくなってしまったらどうしよう!!って恐怖におそわれてしまいました。

こちらに相談すれば、畏れ多い方々の有り難い教えとか、奥深い伝説なぞにまつわるまことしやかな言い伝えなどを教えていただけるという噂を聞きました。なにも怖がることはないよ、ってなお話を聞かせていただけませんか。(愛知県/金色のおさかなさんのお悩み)

【お答え】
あるところに、何があっても驚かないと評判の男がいた。あんまり物事に動じないので、いろんな人が男を驚かそうとしたが、男は畑に落とし穴ができていても驚かなかったし、寝床に蛇がとぐろを巻いていても落ち着いたもんだった。あんまり物事に動じないので、妖怪や天狗たちが男を驚かそうとしたが、男は空から星が落っこちてきても驚かなかったし、赤べこが金の獅子を生んでも落ち着いたもんだった。
そんなある日、男の娘が家で留守番をしていると、ちっちゃな汚い男の子どもがやってきて、「ひもじいよぅ、何かめぐんでおくれよぅ」と泣いた。娘は哀れに思って、「待っておいで、今、ご飯を炊いてあげましょう」と、川に水を汲みに行った。ちっちゃな汚い子どもはすぐと家に上がり、娘の着物をさっと身にまとうと、娘の姿に化けて、畑で働く男のところへ行った。
「父ちゃん、もうすぐご飯の支度ができますよ」
「おや、飯には少し早くはないかい?」
「そんなことはないわ、ほら、もうお日さまがあんなに」
指さされた方を見ると、たしかに、さっきまで高く輝いていたお日さまは、西の方に沈もうとしているではないか。
「おぉ、そうか。ではもう夕飯の時間だな」
いつものように落ち着きはらってそう言って、娘の方を振り向いて、男はどぎもを抜かれた。娘が男の目の前で、みるみる鬼にかわったのだ。頭には角がにょっきり生え、身体はもりもり大きくなって、着物がびりびりと引き裂かれ、娘はぐいぐい伸びた爪で男の方を指さしながら、それでも相変わらず愛らしい声で
「今夜のおかずは父ちゃんよ」とにやりと笑ったのだ。
「お、お、お前……」男は生まれて初めて驚いて、ほんとに驚いたので、大きな口をあんぐりあけた。
それを見た鬼は大喜び。手を打ってはしゃび、おうい、おういと声を張り上げた。
今まで男を驚かそうとしてきた妖怪たち、天狗たち、河童たち、タヌキにきつね、村人たちまで集まって、大口をあけたまんまの男をとりかこみ、男の背中をたたき、鬼の頓知をほめそやした。
人込みをかき分けて、駆けつけてきた娘は父ちゃんに抱きついて、
「父ちゃん、ごめんよ、鬼にすっかり騙された」と泣きだしたが、男は別に、怒っちゃいなかった。娘の頭を撫でて、にっこり笑おうとしたのだが、口があんぐりあいたままではそれもできない。皆はだんだん心配になって、天狗も、鬼も、男の口を閉めようとしてみたが、男の目から涙が流れるばかりでうまくいかない。
さすがの鬼も小さくなって、「ごめんよ、ごめんよ」とごにょごにょ言いだしたが、男は別に、怒っちゃいなかった。鬼の肩をたたき、にっこり笑おうとしたのだが、やはりできないので、娘の手を取り、人込みを離れて家に帰って行った。

男は今まであんまり驚いたことがなさすぎたので、開いた口の閉じ方がわからないのだろうと、村人たちは言った。村一番のものしりの年寄りが、男の家を訪ねて、口の閉じ方を指南したが、男の口は閉じなかった。隣り村の坊さんが、男の家を訪ねて、秘伝の経をよんだが、男の口は閉じなかった。山向こうの町の医者が、わざわざ馬車を仕立てて男の家を訪ねて、男の口を調べたが、男の口は閉じなかった。娘は毎晩こっそりと、泉の脇の祠へ出かけては、神さまにお願い申しあげた。7日目のあけがた、娘と男の枕元に泉の女神さまがお立ちになり、男はその教えの通り、村一番の力自慢を家に招くことにした。
村一番の力自慢は、片手を男の脳天に、片手を男の顎にかけて、えいやっと渾身の力を込めた。村人たちは男の頭が砕けるのではないかと恐れをなして、なむあみだぶつを唱えるもの、両の目を手でぎゅうっと覆うもの、悲鳴を上げて倒れるものもあったのだが、男は静かに座ったままで、涙の一滴も流さない。娘はかぼそい両手をもみしだきながら、じっと男の顔を見ておった。
力自慢の背中と言わず、額と言わず、大粒の汗がだらだらと流れ始めた時、男の顎がほんの少し、動き出した。ああ、ありがたや、とうとう口が閉じるらしいぞ。皆は息をつめて、男の顔を見守った。確かに、口は少しずつ、閉じている。だがどうだ、大口開いたその穴は、顎が閉じる分だけ少しずつ動いていって、ああ、なんと、ぎゅっと口が閉じた時、男の顔の真ん中に、大きな穴があいている。男の鼻はさかさまにめりこみ、両の目も半分は穴にかかってひんまがっている。村人たちはいっせいに、大きな口をあんぐりあけた。男はやっと動くようになった口でまずはにっこりほほ笑むと、力自慢にこう言った。
「ご苦労さん。しかしこう鼻がめり込んでいては息苦しい。この両の眼ではあんたの顔もよう見えん。お手数だが、もう一度、顎を開くから、ぐっと、この穴を押し上げてくれんか」
力自慢はびっくりしたが、こうなっては男の言うとおりにしてやるしかあるまい。もう一度大口開けた男の顎を、渾身の力でえいやっと押し上げた。穴はぐぐっと持ちあがり、額の上まであがっていった。男はにっこり微笑んで、
「あと一回」
と言った。へとへとになった力自慢は、もう一度同じことをしようとしたが、いかにも力が入らない。村人たちが加勢に入り、皆で男の顔の穴をぐぐっともう一つ、上へ持ちあげた。
今では穴は、男の頭の脳天に上がり、天に向かって大口をあいている。
男はにっこり笑って言った。
「これでよし。皆、どうもありがとう」
村人たちは口をあんぐりあけたまま、不思議な心もちで家に帰って行った。

それから男は何事もなかったように、畑に出て働き、夕暮れになると、娘の待つ家に帰る暮らしを続けていった。大きな穴は脳天に開いたままだったが、別にさし障りはないようであった。ときどき畑への行き帰りに、空から何かが落ちてきて、その穴に入ることがあったが、男はまったく驚かなかった。空から落ちてくるものは、鬼が島の珊瑚であったり、天狗の醸す酒であったり、河童の好きなきゅうりであったり、したそうだ。
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by atohchie | 2003-04-01 06:27 | 缶詰製作中(書斎より)


阿藤智恵の「気分は缶詰」日記/劇作家・演出家・翻訳家(執筆中は自主的に「缶詰」になります)=阿藤智恵の日記です。


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