架空・お悩み相談室94『電車内での化粧は人類の進化なのかしら?』

【お悩み】
知ってる?電車の中で人目をはばからず化粧したりしてる若い人がいるでしょ?あれって周りの人たちを自分ちの本棚や机みたいに考えているからできるんだって。こういうのって、ある意味すごい能力なんじゃない?はしたないなんて嘆いてないで、人類の進化を喜ぶべきなのかしらって悩んでいるの。(京都府/魔法使いのサリーさんのお悩み)

【お答え】
そうね、確かにそういう説には一理あるわね。でも私は、電車のなかでのお化粧については、一味違う学説を支持してるのよ。ちょっと哲学っぽくてややこしい話になるかもしれないけど、きいてくれる?

電車内でのお化粧行動が、周りの人の心を悩ませるのは、それが人間の自意識を根本から揺るがす大変な光景だからだっていう、説なのよ。

人にとって、「自分」っていうものを意識するのは基本的に、かなり厄介なことなのね。
だから、古来から「自分とは何か」ってことは、いつも哲学者たちの議論の的でした。
ここでは、単純に、次のような視点で、ややこしく整理してみましょう。

人間の「自意識」には二種類あります。
ひとつは、「能動的自我」(~~するワタシ、主体としての自我)。
もう一つが、「受動的自我」(~~されるワタシ、対象としての自我)。

たいてい、人は「~~するワタシ」に力点を置いて生きてるけど、誰かに足を踏まれたり、猛獣に出くわしたり、大好きな人に抱っこしてもらったり、そういう、「~~されるワタシ」を強く意識することも、あるわけなのね。
そして、一方に意識がいっている時、もう一方への意識は弱くなる。

本当は、人は常にその両方のワタシを生きているわけなのだけど、両方を意識するのは、とっても人間にとって不自然なことなので、そんなことはあんまりできないのが、普通なの。

ためしに、自分で自分の身体にさわってみましょうか。
手で、膝こぞうをさわってみて、それから、そうね、ほっぺたをさわってみて、両方の自分を感じてみて。
たぶん、足をさわった時と、ほっぺたをさわった時では、その二人(?)のワタシの感じられ方は、全然違ったはずよ。膝こぞうは「さわるワタシ」、ほっぺたは「さわられるワタシ」が優勢だったのじゃないかしら?
つまり、膝よりは手のひらの方が、より「ワタシ」であり、しかし手のひらよりももっと、ほっぺたの方がより「ワタシ」らしい、ということが、この簡単な実験でわかるわね。「ワタシ」を捕えることのむずかしさと面白さを、少し感じてもらえたかしら?

それでは、人が、鏡にうつった自分に見入っている状態を、二人のワタシという観点で見ると、どういうことがおこっているのでしょうか。

実際に自分以外の何かから何かを「されて」いたり、何かに何かをを「して」いる時(主体と対象が別々のとき)に比べて、また、自分で自分の身体に何か「し」たり「され」たりしているとき(主体と対象が両方とも自分のとき)に比べて、事態は複雑よね。
そこには本当に、「二人のワタシ」が存在しているけれど、それは見かけ上のことで、ワタシはあくまでも、一人。だからとってもややこしい。
鏡のなかのワタシは、こちら側のワタシに「見られ」ている。けれども、同時に、鏡のなかのワタシが、こちら側のワタシを「見て」いるとも言える。二人のワタシが鏡のなかでぐるぐる役割を交代しながら、永遠に終わらないロンドを踊る。
そのややこしさが、人々を畏れさせてきた。魔女にとって、鏡が大事な秘密を宿す存在なのは、サリーちゃんにはきっとわかっているでしょう。鏡は神さまとも思われてきたし、権力の象徴にもなった。ごく最近まで、家庭内の鏡は、つかわないときには覆いをかけられていた。鏡や、水鏡にまつわる神話や、恐ろしい物語を、誰でもいくつか知っている。鏡は元来、不思議で、怖いものでした。

鏡のなかの自分を見つめながら、お化粧している人自身の自意識は、それではどうなっているでしょうか。
サリーちゃんもお化粧をするならわかると思うけれど、そのとき、きっとその人の意識は、「見るワタシ」に偏っているはずよ。お化粧をしている人の「見られるワタシ」はそのとき消えていて、「見るワタシ」だけがそこにいる。

ところが、お化粧をするということは、「見られるワタシ」を美しく整えることであって、その「見られるワタシ」が消滅していることは、とっても不気味なことよね。何もない、虚無を、その人は「見」ていて、それを対象として、何か「するワタシ」になっている。
けれども、外から見ると、虚無を見ているその人は、外から「見られ」ている。
本人のなかには存在しない「見られるワタシ」がそこにいる。まるで、亡霊のように空虚なままで。

このごろ、電車のなかで、「人目をはばからず」お化粧をする人がたくさんあるのは、人前で、「見られるワタシ」が消滅するような機会が、たくさんあるからなんじゃないのかしらね。たくさんの人にいつもとり囲まれてしまう都会で暮らすのは、「見られるワタシ」にとってはとても辛いことでしょ。「誰もワタシを見ていない」と信じることで、「見られるワタシ」を消滅させ、透明な自分が、ただ「見る」一方のワタシとしてそこにいる、それが現代の都市生活を生きる人々のあり方。
あら? でも、「誰もワタシを見ていない」なら、お化粧なんか、しなくていいはずなのに、おかしいわよね。だから、「誰もワタシを見ていない」っていうのは本当に信じていることじゃなくて、危険から身を守るための、ある種の呪文であることが、そこから推察されるのです。
人前で、呪文を使う人は、怖い。皆が怖がるのも無理はない。今たしかにそこにいるのに、「誰もワタシを見ていない」って、目の前から消えてしまうんだもの。目の前で、人が透明人間になってしまうのだもの。この不気味さが、周囲の人の自意識を乱し、心に不安を生じさせるから、人前で鏡に見入ることは、いけないことなのよ。

それで、そういう「消滅したワタシ」のする、電車内でのお化粧が、はたして人類の進化かどうか?ってことなんだけれど、これはもう、その人の考え方次第ね。人が、透明にならなければ生きていけない都市生活が、人類の進化の結果なら、人前でのお化粧も、当然進化だってことになるし、その逆もまたありうるわけだから。

サリーちゃんは、どう思いますか?
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by atohchie | 2003-04-01 06:16 | 缶詰製作中(書斎より)


阿藤智恵の「気分は缶詰」日記/劇作家・演出家・翻訳家(執筆中は自主的に「缶詰」になります)=阿藤智恵の日記です。


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