架空・お悩み相談室93『耳たぶより耳ぶたが欲しいのですが』

【お悩み】
この季節、シャワーを浴びたり、たらいの湯を頭から浴びる機会が増えました。そんな折り、耳に入った水が出にくく困っています。思えば、太古の昔から草原を歩いていたら突然横なぶりの激しい雨が降って来て、耳にも容赦なく入ってくるようなことはあったであろうと思われますが、耳たぶをきゅっと動かすと、耳に蓋が出来るような防水仕様になっていないのが不思議に思えて来ました。ひょっとして、ヒトの耳にはそのような機能があるのに私が使い方をマスターしていないだけでしょうか?もし耳に蓋ができるようになっていれば、丑三つ時に突如響くバイクや車の轟音や蝉の断末魔の声など、最初の音を聞いた瞬間に蓋が働き、熟睡は邪魔される事なく続くのではと思われます。
このように、耳蓋にはいい事ばかりとおもわれるのに、私の耳には蓋ではなくたぶしかないのは進化の過程での不具合かなにかでざいましょうか?(兵庫県/ATPさんのお悩み)

【お答え】
ご指摘をうけて初めて気づきました。
確かに、耳たぶはあっても耳ぶたのない、目ぶたはあっても耳ぶたのない、人体の不思議!
こんな危ない箇所に穴があるのに、それを閉じる蓋がないのはこれいかに?
ところがです。
ふた……ふた……と呟きながら、わが耳を仔細に調べておりましたらば、何やら、ちょうどよい大きさ、形のものが、穴のすぐ前に、でっぱっているではありませんか。
ためしにちょいとそいつを押してみますと、うまい具合に耳穴の蓋になります。
これはなんだ?
調べてみますと、これは「耳珠(じじゅ)」と呼ばれるもので、その機能はやはり、耳のなかに雨水や汗などがはいらないようにするもの、ということになっているではありませんか!
なんと、私たちの耳にはやはり、耳ぶたが備わっておりました!
しかし問題は、なぜ、私たちがこの耳珠を、自在に動かせないかということです。少なくとも私の耳珠は、指でぎゅっとおさえつけなければ、シャワーの水が耳に入ることを防ぐ役割を果たしそうにもありません。もしや、これは本来、動くものであったのに、その機能が退化してしまっているのではないか?と思い、おととい、昨日と夜も寝ないで、精神を集中し、動かしてみようと試みましたがどうにも希望の片鱗さえ見出すことができません。ついにはへとへとになり、うとうととまどろんでしまった今朝のあけがた、こんな夢を見ました。

その昔、生き物といえば、水のなかに暮らすものだけしか作られていなかった頃、神さまが水に棲むものたちを集めて言われた。「こんど、水の外で暮らすものを、作ろうと思うのだがね……」水に棲むものたちはいっせいにどよめいた。「水の外ですって!大変だ、きっと『空』に溺れてしまう!神さま、そのものたちは生きられません!」神さまは穏やかに微笑み、おっしゃった。「新しい生き物たちは、身体のなかに水をもち、『空」を呼吸して生きるのだよ」「『空』を呼吸する!?」水に棲むものたちは驚き、水面から飛び出してくるりくるりと宙返りするものもあった。

神さまは、『空』を呼吸し、水の外で生きるしくみを皆に教え、皆はただ、感嘆して黙り込んだ。

「神さま、それではそのものたちの目には、蓋をつけてやってください」小さな声が言った。見ると、小さな蒼い海老が、大きな灰色の魚の腹びれの間から、けんめいにヒゲを振っている。神さまは、微笑まれた。小さな蒼い海老は精いっぱいの大きな声を出して――といってもその声は、大きな灰色の魚がゆったりと水を呼吸する音に隠れて、他のものたちにはほとんど聞こえなかったのだけれど、神さまにはどのいきものの、どの声だって、じゅうぶんにはっきりと聞き取れるのだったから、このように、聞こえたのだ――「私たち水に棲むものの目には、蓋がありません。けど、水の外で暮らすことを思ったら、目が痛くてたまらなくなりました。どうか神さま、そのものたちには、目に蓋をつけてやってください」神さまは、さらに大きく微笑まれた。これからうまれるものたちの、しあわせを願って心をくだいている小さな海老を、いとおしく思われたのだ。神さまは頷かれた。「そう、いいことを教えてくれた。きっとそのとおりにしよう」そして、まぶたの仕組みを、作られた。

大きな灰色の魚が大きな声で言った。「それでは鼻ぶたはいかがですか」
灰色の魚は、覚えたばかりの「鼻」という言葉を、少し恥ずかしそうに口に出して、その後で誇らしげに身体をそらした。小さな蒼い海老は、まきおこった水流に流されまいと、腹びれにしがみついた。「鼻ぶたはいらない!」桃色の美しい蟹が言った。「呼吸はいっときでも止めちゃいけないのにさ。鼻ぶたなんか、なんにつかうんだい」虹色の鮮やかなほっそりした魚が言った。「私たちが『空』にとびあがるときのように、そのものたちも水に飛び込むことがあるのでは?」水に棲む生き物たちは、新しい生き物が、水に入ってくることを思い、口々にいろんなことを話しだした。神さまには、その全てがはっきりと、ききとれたのだ。神さまはおっしゃった。「ありがとう、みんな。いいことを教えてくれた。鼻にはふたをつけず、その代わり、必要とあらば、『手』でつまめるようにしよう」そして、そのような仕組みを、作られた。皆は『手』で『鼻』をつまむ、ということを想像しようとして、さまざまに身をくねらせた。

誰かが思いついて言った。「耳ぶたは、いりませんか?」皆は今度はいっせいに、耳ぶたの必要性について、論じ始めた。「耳も、手でつまめばいい!」「神さまがおっしゃっただろう、手は、二本きりしかないんだよ。一本の手で鼻をつまんで、一本の手で、両方の耳をつまむことなんか、できないだろう!」神さまは、高らかにお笑いになり、「そのとおりだ。耳ぶたは、こしらえるとしよう」とおっしゃった。そして、神さまは、耳ぶたの形をお決めになり、それを動かす仕組みを考えはじめられた。

その時きゅうに、まっ白な海蛇が神さまの手にからみつくようにしながら、「神さま、耳たぶはいかがですか?」と言った。皆は「耳たぶ」という言葉にはっとして神さまをそっと見上げた。神さまは不思議そうに白い蛇を手にすくい取られ、「耳たぶとは、どのようなものかな」とおっしゃられた。白い蛇は、神さまとお話しする喜びに、うっすら紅に染まりながら言った。「わかりません。でもきっと、すてきなものだと思います。やわらかくて、すべすべして、誰でもつまみたくなるような、そういうものです。きっと新しい生き物は、耳たぶを大好きになって、すてきな飾り物をつけることでしょう」神さまは、愛らしい思いつきを尊ばれ、耳たぶを作ることを約束された。

人間の耳に蓋がとりつけられたのに、動かす仕組みがいまだ備わっていないのは、そういうわけだ。
[PR]
by atohchie | 2003-04-01 06:12 | 缶詰製作中(書斎より)


阿藤智恵の「気分は缶詰」日記/劇作家・演出家・翻訳家(執筆中は自主的に「缶詰」になります)=阿藤智恵の日記です。


by atohchie

プロフィールを見る

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

タグ

(104)
(19)
(11)
(11)
(5)
(1)

カテゴリ

ごはん/おちゃ/おかし
はな/みどり/そら
きもち/ココロ/げんき
ひと/たび/であい
みる/きく
ごちゃごちゃ亭(お客さま)
水曜日は本の話
お題をいただきました
缶詰製作中(書斎より)
缶詰開缶中(稽古場より)
缶詰実験室(お芝居への道)
缶詰召し上がれ(ご案内)
缶詰メモ
缶詰用語の解説

阿藤智恵NEWS

●脱原発世界会議に賛同します。安心できる明日を子どもたちに。
脱原発世界会議

●阿藤智恵サイトを更新しました
阿藤サイト
こちらをクリック
更新日:2013年12月31日(火)

◆これからの阿藤智恵◆
072.gif1月19日
「第3回JAZZ&お話ライブ」
072.gif1月23日
「どこそら会」
072.gif3月8・9日
「『えんげき』のじゆうじかん」の
小さなお芝居の会と「ちえよむ会」

●戯曲集『十六夜の月』を出版しました。
テアトロ1月号
ご購入は阿藤智恵への直接注文または書店にてご注文ください。また、ネット書店でも購入できます。


●受賞しました。
d0024220_16184139.jpg
加藤健一事務所vol.83 「シュぺリオール・ドーナツ」
念願の翻訳デビュー、果たしました!
067.gif→本作品で、第5回小田島雄志・翻訳戯曲賞をいただきました。加藤健一さん、演出の大杉祐さんはじめ公演座組の皆さん、また、翻訳作業にお力添えを下さった多くの方々に、心から感謝します。

●戯曲『死んだ女』が雑誌【テアトロ】2013年1月号に掲載されました。テアトロ1月号

★『どこまでも続く空のむこうに』の劇評をいただきました!!大変な力作です。ぜひご一読ください。2012.4.19
こちらをクリック=
劇評サイトWonderland



●戯曲『どこまでも続く空のむこうに』が雑誌【テアトロ】2012年4月号に掲載されました。
テアトロ4月号



●小説『マチゾウ』で同人誌【突き抜け4】に参加しました。
突き抜け4
ご購入はこちらへ(「阿藤サイトから」と一言お書き添えくださいませ)。


★『曼珠沙華』の劇評をいただきました!!

ぜひご一読ください。2011.10.26
こちらをクリック=
劇評サイトWonderland


●公演終了しました。

Pカンパニー番外公演その弐「岸田國士的なるものをめぐって~3人の作家による新作短編集~」竹本譲さん、石原燃さんと、短編を1本ずつ書きました。私の作品タイトルは『曼珠沙華』です。
★雑誌『テアトロ』10月号に三本そろって掲載されています。
テアトロ10月号

●連載エッセイ「本日も行ったり来たり~トハナニカ日記~」
雑誌【テアトロ】2012年1月号に最終回が掲載されています。
テアトロ1月号

●日記のお題、ください!
阿藤への質問、お悩み相談、どのようなことでもどうぞ。心こめて書かせていただきます。
お題は阿藤へのメール、または、日記へのコメント(どの記事につけてくださってもOKです)でどうぞ。



●戯曲『十六夜の月』が雑誌【テアトロ】2011年7月号に掲載されました。
テアトロ7月号

●小説『ツヅキ2011』で同人誌【突き抜け3】に参加しました。
突き抜け3
ご購入はこちらのフォームへ(「阿藤のブログから」と一言お書き添えくださいませ)。


●戯曲『バス停のカモメ』が雑誌【テアトロ】2010年1月号に掲載されました。
テアトロ1月号

●戯曲『しあわせな男』が雑誌【テアトロ】2008年10月号に掲載されました。
テアトロ10月号

●石井ゆかりさんの
「石井NP日記」で
インタビューを受けました。
こちらの
「ロードムービー・その1」
で5番目にインタビューされています。

以前の記事

2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
more...

ライフログ



















































フォロー中のブログ

一寸の虫にも五分の魂
K+Y アトリエ一級建築...
文学座大好き
イノレコモンズのふた。
ばーさんがじーさんに作る食卓
クロアキのつぶやき
村人生活@ スペイン
Faunas & Flo...
Jam's Blog
Lily's BLOG
neige+ 手作りのあ...
世に倦む日日
身近な自然を撮る
今日のマイルス Blog
キョウハ、ナニシヨウカシラ?
にわとり文庫
百一姓blog
喫茶ぽてんひっと
Junichi Taka...
おひとりさまの食卓plus
sousouka
オーガニックカフェたまりばーる
ひとり芝居、語り、ダンス...
縄文人(見習い)の糸魚川発!
野田村通信ブログ(旧)
菅野牧園
team nakagawa
olive-leafs ...
東日本復興支援 ヒューマ...

検索

ブログパーツ

その他のジャンル