架空・お悩み相談室80『マスクのプリーツについて』

【お悩み】
マスクのプリーツ、というのでしょうか。あの蛇腹状になった部分を伸ばさず、キレイに折り畳まんだままの人がいますよね。比較的年配の方に多く、この方たちは昔ながらのガーゼのマスクに馴れ親しんでいるから、そもそもプリーツを伸ばすという発想がないのでは、と思っていました。ところが、昨日は頭をツンツンさせた新入社員らしき若者が、そして今日はどこもかしこもキラキラのお嬢さんが、きっちり折り畳まれたままのマスクをしてるではありませんか。
もしかしたら、折り畳まれたままのマスクは何かの暗号か!? と心から心配になりました。
「あの、すみません。あなたのマスク、折り畳まれたままですよ」と声をかけて良いものやら、謎の折り畳みマスクの人物にはむやみに近寄らないほうが良いものやら、悩んでおります。(都会のハックルベリフィンさんのお悩み)

【お答え】
実に興味深いことに気づかれました。これは、ここ数年、世界の服飾民俗学の分野で大いに注目を集める現象の一つです。おっしゃるとおり「暗号」の一種といっても差し支えのない、大きな象徴的意味を秘めた新しい服飾文化が今まさに誕生しつつあるのではないかと考えられているのです。とはいえ、ご心配なく、あれは決して恐るべき反社会的秘密結社のメンバーの印などではありません。

わたしたちは日頃、数多くの服飾品を身につけています。裸で歩き回ることは不快なうえに、怪我をしやすく危険ですが、いろいろなものを身につけるのは決してそうした実用面だけの理由ではありませんね。人間は社会的動物ですから、数多くの人とさまざまに関わる中で、お互いに自己を表現しあい、それを上手に解釈しあって生活を営んでいます。だからこそ、身体を保護したり快適に生きるためだけであれば決して身につけないような、見ようによっては実に奇妙な、さまざまな服飾品が、時代に則してその形を変えながら重用されているのです。息苦しく着用も面倒なネクタイなどはその好例です。あれはいったい何の役に立っているのでしょうか、というよりそもそも何かの役に立っているのでしょうか? 専門家の間では、ネクタイは明らかに衰退の一途をたどっており、おそらく今世紀前半のうちに、襞襟(ひだえり)同様に完全に過去の遺物となるであろうと予測されています。それはネクタイが象徴する「くびきに耐える従順で忠実なしもべ」という人格が、もはや善いものとされなくなっているからであります。

それでは、プリーツのマスクを広げずにかけるという珍妙な行動にはいかなる象徴的意味があるのでしょう。先ほども述べた通り、この現象は現在進行中であり、この先、社会全体に広がり、服飾文化の根幹を変えていくのか、あるいはまた一時期、十代の女性の間で猛烈に流行したルーズソックス同様、一時の流行に終わってしまうのかは予断を許しません。これから申し上げることは学界において一部の研究者が提唱している仮説のひとつにすぎないことをあらかじめお断りしたうえで、ご紹介いたしましょう。

カナダのハリー・ナカタ博士、ニュージーランドのマライア・ショーキプ博士などの説によれば、現在日本で流行の兆しを見せているプリーツマスクの折り畳み着用法は、実は19世紀の後半、いわゆる文明開化と共に急速に姿を消していった「月代(さかやき)」の伝統を継ぐもの。ご存知の通り、月代とは、側・後頭部の髪を伸ばして髷を結う男子のヘアスタイルで、きれいに剃りあげた額の部分を言うのですが、誕生の頃こそ実用的な目的のあった月代も、服飾文化として庶民にまで浸透していく頃には、象徴的な意味をもつものと変じていました。額の毛を剃るという行いは、象徴的には脳の中で思考をつかさどる前頭葉を包み隠さず見せるということであり、月代が象徴するのは、「清さ」でありました。
折り畳みプリーツマスクはまさに、この働きにおいて月代の伝統を継いでいます。マスクの大きさは、ちょうど月代と同じほどの面積を占め、輝かんばかりの白さ、ときに薄青いその色もまさに月代と同じ、折りたたまれ、まったく手のつけられたあとのないプリーツは、まさに「清さ」をあらわしてこれ以上ないほど雄弁ですね。しかし月代が「包み隠さず全て見せる」ことによってで「清」かったのに対し、マスクは「慎み深く感情を隠す」ことによってそれを表現しております。茫洋とした不安にとりまかれた現代において、善しとされる人格は決して「思考を包み隠さず見せる」単純でナイーブな、ある意味で幼い人格ではなく、その正反対の、「感情を秘め、決して対決しない」人格だからです。彼らの説によれば、折り畳みプリーツマスクは「私は自分の考えていることを明らかにしません」「私は決してあなたに害を与えません」という表明なのです。

そこで、お悩みへのお答えをいたしますと、(もしもこの説を信じるのであれば)このような慎み深い人々に、「あなたのマスク、折りたたまれたままですよ」と声をかけたからといって、危ない目にあわされる心配はまったくありませんし、その人が、新たな文化の担い手ではなく、単に使い方を知らないだけだった場合には本当にありがたいことに違いありませんから、折り畳みプリーツマスクをつけている人を見かけた際には、そっと近づいて、さりげなく教えて差し上げるのが親切というものでしょう。
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by atohchie | 2003-04-01 04:59 | 缶詰製作中(書斎より)


阿藤智恵の「気分は缶詰」日記/劇作家・演出家・翻訳家(執筆中は自主的に「缶詰」になります)=阿藤智恵の日記です。


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