架空・お悩み相談室54『トイレットと一体になってしまいました』

【お悩み】
困ってます。疲れて疲れて仕方がないから早く帰りたいのに、その前にとトイレットに座ったら足が地面にくっついて、お尻も便器と一体になって帰れません。私はこのままベルフェゴールにでもなっちゃうんでしようか。(東京都/こけまるさんのお悩み)

【お答え】
ベルフェゴールとは、懐かしい名前を久しぶりに聞きました。
長く思い出しておりませんでした、昔むかしのお付き合いの中で、教えてもらった名前です。
ジュリアン。
彼は天正遣欧使節の中で、一番最後まで生き、そして悲しい最期を遂げられた、高名な神父です。
ジュリアンたち少年使節は、はるばる長い旅ののち、印刷機を持ち帰ったことが広く知られておりますが、実は欧州を発つ時、もうひとつ、あちらの方が持たせて下さろうとしたお土産がありました。
トイレットです。
ご存知のように日本では、深くしゃがみこんで用を足します。
欧州で、腰をかけるかたちのトイレットを使った少年たちは、はじめのうちこそどうにも腹に力が入らぬ、これはいかんと嘆きあっていたものの、一人、また一人とその魅力を知るようになりました。
中でも欧州式トイレットに強く惹かれたのはミゲルでありました。
美少年の誉れ高い彼は、キリシタンでありながら、やや虚栄的な側面をも持ち合わせておりました。
洋服を与えられ、初めて身体に合わせてみた時に、彼は西欧人に比べ、自分たちの脚がはるかに短く、曲がっていることに気づき、他の少年たちは露ほども気にしなかったそのことを、深く遺憾に思ったのです。
彼は持ち前の理知的な観察力であれこれと西欧の生活を研究し、脚をすらりと長く伸ばすには、しゃがまぬことだと見抜きました。
床の生活よりも何よりも、我らの脚を短くするものは、雪隠での姿勢であると彼は仲間の少年たちに熱弁をふるいました。
少年たちは脚を長くしたいという気もちはありませんでしたが、考えても見よ、イエスさまはどこのお人じゃ、イエスさまが雪隠でしゃがんで用を足されたと思うのか、と得意のラテン語でミゲルが語った時、三人の少年は、そうか、と深くうなずいたのです。
ミゲルが欧州式トイレットをわが国に持ち帰りたいと所望し、それが快く受け入れられて荷物の中に加えられようとしたと時を同じくして、仲間たちの部屋へジュリアンが蒼い顔をして入ってまいりました。
わしはトイレットを国へ持ち帰ることに反対じゃ。
なぜ?と驚く三人に、ジュリアンは顔面蒼白のまま、恐ろしい物語をかたりました。
皆には話しておらなんだが、わしはこちらへ来てからというもの、疲れがとれん。
皆が法皇様に拝謁かなったとき、わしは寝込んでおって悔しい思いをした。
あれから同じ思いをするまいと我慢を重ねてきたが、本当はもう、限界じゃと思うとる。
国へ帰れるのが正直、嬉しい。
何をいきなり……と訊ねかけるマンショをさえぎって、ジュリアンは三人の顔を順繰りに見ながら訊ねました。
お前らは、トイレットに座った途端、うつらうつらと舟を漕いでしまってはおらんか?
不意を突かれた三人の戸惑いの顔と、わずかな沈黙が、その答えを明白に表しておりました。
トイレットで力をぬくと、ベルフェゴールにされてしまうのじゃと、お前らはそのことを知っておったか。
何かに押しつぶされたようなおかしな声で、ジュリアンは言いました。
べ……ベルフェゴール……?
ミゲルが震える声で言いました。
悪魔じゃ。
ジュリアンの声は、ききとれぬほど小さかったのに、恐ろしくはっきりと、三人の耳に響き渡り、三人は身の縮む思いでそっと顔を見合わせました。どの顔も怯え、汗を浮かべています。
わしは、今、トイレットでつい眠ってしもうた間に体がトイレットと一体になり、心が悪魔にひきずられるのをはっきりと感じた。
ジュリアンは眼に涙を浮かべ、小さなロザリオをかざして言いました。
イエスさまが助けてくださったのじゃ。
悪魔にひきずられまいとして、わしがロザリオを握り、力の限り祈っておると、イエスさまがこの耳におっしゃった。
国へトイレットを持ち帰ってはならぬ。
雪隠は、汝の国の宝なるぞ。
ジュリアンはそれだけやっと口にすると、あとはただただ涙を流し、小さな声で祈りの言葉をつぶやくのです。
三人の少年たちも、恐ろしさとありがたさに打たれ、それぞれにロザリオを握ると、トイレットを持ち帰ることはいたしません、我らが生涯にわたり、そして子々孫々までも、きっと我が国の民は、雪隠にしゃがんで用をたすでありましょう、とイエスさまに誓いました。

トイレットで脱力してはなりません。
天正以来ひそかに伝えられた、これが真実の教えです。

あなたさまのお尻と足につきましては、懐かしい友の名を思い出させてくださったお礼として、わたくしがジュリアンその人にお願いをし、ベルフェゴールの魔の手からすくっていただきましたことを、ここに謹んで申し上げます。
しかし、これからは決して、トイレで脱力なさいませんよう。
わたくしもそうたびたびは、ジュリアンの力を借りることははばかられますゆえ。
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by atohchie | 2003-04-01 00:24 | 缶詰製作中(書斎より)


阿藤智恵の「気分は缶詰」日記/劇作家・演出家・翻訳家(執筆中は自主的に「缶詰」になります)=阿藤智恵の日記です。


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