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『愛の矛盾』というお題をいただきました

大阪府のTさんから、お題をいただきました。

「一方通行で永遠に報われぬ愛」に苦しんでいます。愛の修業に生きることが私に与えられた使命かもしれません←半ば以上真剣です(笑)。
人は何故、報われぬ結果になるだろうと自分の中で最初から予感している相手に愛を感じてしまうのだろうか、もしかして自分が相手に否定されてしまうことを実は心の深層では望んでいるのだろうか、もしそうであるならば、自分にとって苦痛な状況を望むのはなぜか、自分を否定してくる相手に執着し続けてしまうのは何故なのでしょうか? 


Tさま、お苦しみのありありと伝わるご相談をいただき、まずはお礼を申し上げます。



このような愛に関しては、書店にいきますと多くの高名な方が、正しい解決策をたくさん示していらっしゃることは、Tさんもよくご存知だと思います。にもかかわらず、私にご相談を下さったということは、きっと「正解」をお求めではないからだと思います。そのことに、お礼を申し上げたく思います。

正解は、簡単です。きっと誰もが、こう言うでしょう。そのような「愛」は「愛」ではない、ご自身もおっしゃるとおり、「執着」である。「執着」は手ばなしなさい。はい、おしまい。

正解が求められるならば、私もそう言うと思いますし、「手ばなす」ことは、実は簡単です。ただ、手ばなすだけです。想像するほど、辛いことではありません。ただ手ばなしさえすれば、Tさんを傷付けるその人に悩まされることは二度とないでしょう。

しかし、苦しみから逃れたい、なんとか心安らかな日々を取り戻したいTさんが、相談相手に選んだのがこの阿藤智恵であるということが、本当のところ、今のTさんの答えなのだと思います。

阿藤智恵、名前からしてアントン・チェーホフへの憧れを声高に主張している女です。チェーホフのいわゆる四大戯曲の中に、報われる愛がひとつでも描かれているでしょうか。幸せな女が一人でも、出てくるでしょうか。答えは、「いいえ」です。かろうじて例外は、『三人姉妹』のナターシャでしょうか? 不幸せを自覚していなさそうに見える点においてはそうかもしれません。でも、報われぬ愛に苦しむ女で、「ナターシャになりたい」と思うものはいないでしょう。夫を孤独の底に突き落とし、不倫の恋にうつつをぬかすナターシャは欲望を生きる女ではあっても、愛に報われた幸せな女の姿とは言えない。

ドラマというものは本質的に幸せよりも不幸せのきしみに見出されるものですから、ドラマティスト(劇作家)という人種は、そのためにいかにして自分の主人公をいためつけるかということばかりに日夜頭を悩ませている人種だとも言えますが、それにしても、愛に対する不信の根深さにかけてチェーホフはかなりのものです。

Tさんのお苦しみの様子をおもうと、私の脳裏には『桜の園』のラネーフスカヤが浮かぶのです。ご存知の通りラネーフスカヤは貴族の女でありました。莫大な財産を浪費しつくし、借金のはてに愛する桜の園を失い、破滅が目に見えている恋人の待つパリへ戻っていく美しく愚かな女。「正解」は目の前にありました。恋人とは別れるべきだと自分でもわかっていて、そう誓って彼女はパリを離れたのですし、故郷には借金の返済方法を教えてくれる親切な実業家もいたのです。しかし彼女はそれを選ばなかった。美しく、愚かで、破滅へと突き進む、それが彼女の生き方だったのです。それでいいのです。美しいではありませんか。そこで彼女が書店に行き、人生の達人の書いた本から「手ばなす」ことを学んで、小さな庭でガーデニングなんかしつつ、質素なくらしを楽しむようになどなったら、ドラマは台無しです。

待ってください、Tさんは言うかもしれません。ラネーフスカヤは物語の登場人物です。ドラマのために破滅してもいいでしょう。でも私はドラマに命を捧げるなんていやです。ドラマティックでなくていい、幸せになりたい! もしもそうであれば、答えは先ほどお教えしたとおりです。手ばなすのです。広大な果樹園一面に白い花を咲かせる桜の木々を一本残らず切り倒し、別荘族に貸すのです。どうです。やりますか?

物語の中では、ラネーフスカヤには時の猶予はなく、すぐに競売の日はやってきて、桜の園には容赦なく斧が入ります。お客さまが黙って座っていられる時間には、おのずから限界がありますから。しかし、この世に生きるTさんには、時の猶予が与えられています。Tさんは、競売の日を先へ先へと繰り延べしながら、桜の園を守ることができます。誰もTさんの苦しみをぶったぎってくれません。だから「永遠に報われない」苦しみなのですね。

何を言いたいんですか!?そろそろイライラしてこられたころでしょうか。そろそろ結論を申しましょうか。つまり私は思うのです。いいじゃないですか、報われない愛を選んだって。愚かだって、いいじゃないですか。苦しくたっていいじゃないですか。何かそれが大切だから、必要だから、抱え込んで、執着して、絶対手ばなさないように、いつもいつも傷口をかきむしっているのでしょう。その膨大なエネルギーに私は打たれます。それが何故かなんて、詮索しなくていいじゃないですか。ラネーフスカヤが愚かなのは何故か、それはロシアの貴族社会が……それはチェーホフの生い立ちが……理屈はなんだってつけられます。どれだけ分析したって『桜の園』の美しさはわかりません。ああ、馬鹿だ!なんてばかなんだ!でも、なんだか胸がかきむしられる、ああ、切ない。それでいいじゃないですか。

それがイヤになったら、ほとほと疲れたら、簡単です。手ばなすだけです。距離をとるのです。問題はありません。まだ頑張れるのに投げ出すのは悔しいでしょう。だから、もう頑張れなくなるまで頑張ればいいのです。満足して、もういい、と思うときがくれば、きっと自然に手ばなせます。ああ、なんだったんだろうと、つき物が落ちたように楽になります。そのときの解放感、自分をわが手に取り戻した充実感は、今からお約束します。そのときになって、過去の何十年を虚しいと悔やみはしないかとご心配ですか。心配無用です。過去の自分を虚しいと思いたければ、どんなときだって人はそのように思えるものです。心配したってしなくたって変わりません。人から見てどんなに充実した人生を送った人だって、死ぬ間際には「何もなしとげなかった、私の人生は空虚だ」という人があるだろうし、その逆もまた真なり、です。未来のTさんが、何を思うかなんか今はどうにもしようがありません。今を精いっぱいに生きるだけです。限界まで、執着なさってください。どこまでも、やれるだけなさってください。手ばなすときは、一瞬なのですから。いつでもできるのですから。そう、今、この瞬間にでも。
by atohchie | 2011-02-21 21:50 | お題をいただきました


阿藤智恵の「気分は缶詰」日記/劇作家・演出家・翻訳家(執筆中は自主的に「缶詰」になります)=阿藤智恵の日記です。


by atohchie

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